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東京医科歯科大学2006年度入試問題生物

理科二科目で120分、120点。


以下の文をよく読んで、設問に答えなさい。解答は解答用紙の指定された欄に記入しなさい。

おなかがすいた!

まだお昼の時間までには間があるのに、もうおなかがすいてきた。このところ、食べてもすぐにおなかがすいてしまう。空腹に耐えながら、必死に先生のお話を聞こうとしたが、どうにも集中できない。早く授業終了のベルが鳴ってお昼休みにならないかとそればかり気になって、あきら君はまた時計をちらりと眺めた。でも、いったいどうしておなかがすくのだろう。よく、胃が空っぽになって空腹感が生じるというが、本当だろうか。

放課後、あきら君は早速図書室に行って調べてみた。百科事典では「空腹感」という項目はなくて「食欲」という項目があった。そのはじめの部分に、食欲は特定の食物を食べたいと思う欲求で、学習や条件反射によって後天的に獲得されるもの、これに対して空腹感は食物摂取の不足によって生理的に生じる固形食物を食べたいという欲求で、厳密には両者は異なると書かれていた。ただし、一般的には食欲と空腹感を厳密に区別せずに使われることが多いとも書かれていた。

さらに、食欲・空腹感は生物が生きていくために必要な、いわゆる本能行動の一つで、食欲すなわち空腹感と満腹感が生まれることによって、食べる行動や食べる量を調節している。ということは、あの昼前に感じた空腹感は、生まれながらに備わった行動で、これは避けがたいことだったのだ。「理性よりも本能」である。

そこで、「空腹感がどうして生じるか」という研究の歴史をたどってみた。最初は胃が空っぽになるためだという説が出された。1912年にアメリカのキャノンは、胃が空になったときに起こる強い胃の収縮が食欲の発生に関係するという考えを述べた。さらに、1916年にカールソンが胃の収縮の度合いが神経を経て脳へ伝えられることによって空腹感が生じるという説を立てた。けれども、胃を摘出しても食欲がなくならないこと、動物実験で胃を切除あるいは胃からの神経を切断しても食欲がなくならないことが確かめられ、胃が空っぽであることは、空腹感の本質的な要因ではないことがわかった。

食欲の源

それではどこが空腹感を作っているのだろうか。胃が空っぽだと空腹感が起こるとキャノンが述べるよりもずっと前の1800年代の中ごろから1900年にかけて、接触の調節に関与する部位は視床下部であることを示す報告があった。視床下部は大脳に続く間脳の部域の名前である。1901年には、フレーリッヒ症候群と呼ばれる肥満と生殖器の発育不全の奨励が見つかった。この症候群の原因が視床下部にあることが明らかになり、動物を使った視床下部の破壊実験が行われた。こうして、肥満や接触行動に視床下部が関係することがしだいに明らかになっていった。そういえば、視床下部の外側部を破壊されて食欲がなくなりやせてしまった猫と、内側部を破壊されて満腹感がなくなって食べ続けて太ってしまった猫の図をどこかで見て、視床下部って不思議な場所なのだと感じたことがある。前者を摂食中枢と呼び、後者を満腹中枢と呼ぶらしい。

満腹中枢には、ブドウ糖に反応する神経細胞があると書かれていた。神経細胞がブドウ糖に反応するというのはどういうことなのだろうか。とても難しそうなので、生物の先生に聞いてみることにした。生物準備室を訪ねると、先生は奥の方で机に向かってパソコンで何か調べ物をしているようだった。先生に今日の午前中のお腹が空いて困った話、早速図書室で食欲について調べたこと、脳の視床下部が食欲に関係しているらしいことをお話しした。それで神経細胞がブドウ糖に反応すると書かれていたが、どういうことなのかをお聞きした。先生は、この前、神経のことを授業で話してたね、とおっしゃって神経細胞の図を描いて活動電位のことを話しはじめた。

活動電位は刺激に応じて発生するので、先がとても細いガラスで作った電極を神経細胞のそばにうんと近づけると、活動電位を記録することができる。オシロスコープという少し高級な装置を使えば、活動電位の波形$ _{1)}$ を目で見たり、記録することができるし、神経細胞が単位時間あたり活動電位をいくつ発したかを数えることができる。先生が説明してくれた具体的な実験の内容は次のようなものだった。

ラットを麻酔して急いで脳を取り出して、冷やした緩衝液の中に入れ、特殊な道具で視床下部を含む脳の部分を厚さ0.4mmの薄いスライスにする。これを人工脳脊髄液の中に浸し、pHと温度を体内の条件と同じにする。その後、スライスを人工脳脊髄液を灌かん流している容器に入れ、視床下部の満腹中枢にある神経細胞のすぐそばまでガラス電極を近づけて活動電位を記録し、これをパソコンで処理をして1秒間あたりの活動電位の数としてグラフにする(図1)。$ _{2)}$

\includegraphics[width=120mm]{1.eps}

このように、視床下部にはブドウ糖に反応する神経細胞があって、お腹が一杯になったという情報を出して接触を抑制する。だからこの部位を破壊されたネコは食べ続けてしまうのだ。

視床下部にはブドウ糖だけでなく、その他さまざまな食欲に関係するホルモンや生理活性物質に反応する神経細胞が存在するのだよと、先生はおっしゃった。たとえば、グレリンに反応する神経細胞がその一つだ。

グレリンの発見

グレリンというホルモンは、1999年に日本人研究者によって発見されたホルモンで、教科書には載っていないほど新しいんだ、といってその発見の経緯を説明してくれた。それまでの研究では、脳下垂体からの成長ホルモンの分泌は、視床下部放出ホルモンである成長ホルモン放出ホルモンが促進的に働き、ソマトスタチン(=成長ホルモン放出抑制ホルモン)が抑制的に働くことによって制御されていると考えられていた。ところが、成長ホルモンの分泌を促進する薬物・物質があり、これに対する受容体が見つかったが、実際に体内ではどのような物質がこの受容体に作用するかはすぐには分からなかったんだ。

そこで、この受容体に結合する生体内の分子を捜したところ、胃組織にそのような物質があることが分かった。そこで胃組織の抽出物を生成して単離し、この物質の構造が決定された。この新しい分子は、アミノ酸28個からなり、3番目のセリン残基が脂肪酸(n-オクタン酸)でアシル化修飾された、とても特徴のあるポリペプチドであることが分かったんだ。

この新しい分子は、成長ホルモンの分泌を促進する強い活性があるので、グレリンと名づけられた。グレリン(ghrelin)のghreは、成長するという意味だ。上に述べたように、成長ホルモンの分泌は、視床下部にある2つのホルモンで調節されていると考えられていたのだが、消化管である胃から分泌されるグレリンが成長ホルモンの分泌に大きな役割を果たしていることがわかったのである。

このグレリンは成長ホルモン分泌促進だけでなく、強力な摂食促進作用を持つことが明らかになった。グレリンは胃だけではなく、視床下部弓状核という名の神経細胞の集団でも産生され、またグレリンの受容体が脳のさまざまな部位に見られるので、グレリンは成長ホルモンの分泌促進以外にもいろいろな作用があると想像されていた。そこでグレリンをラットの脳室内に投与すると、摂食が促進されて体重増加をもたらした。脳室内に投与されたグレリンは、神経ペプチドY(NPY)を作っている神経細胞に直接働いて興奮させる。このように、グレリンは摂食行動の生理的信号物質であり、成長ホルモンの分泌と摂食を促進して成長を制御する機能を持つと考えられる。

レプチンの発見

グレリンという新しいホルモンだけでなく。「レプチン」というホルモンも摂食に関係すると先生はおっしゃった。NPYだとかレプチンだとか、いったいどうなっているのだろうか。

乗りかかった船だと思って、あきら君は先生に資料を借りて家で調べることにした。レプチンも発見の歴史は、少し変わっている。1950年、アメリカ・メーン州にあるハクソン研究所の遺伝子研究チームが重症の肥満を示すマウスを見いだした。原因となる道の遺伝子は、英語の「obese(肥満した)」という語から、「肥満遺伝子(ob遺伝子)」と命名され、この系統の肥満マウスは「ob/obマウス」と呼ばれるようになる。ob/obマウス派生状マウスに比べて体重が3倍以上、体脂肪量が5倍以上にもなる。マウスでは、たった1つの遺伝子変異でこの変異が生じる。

ob遺伝子が肥満の病態解明のカギとなることが明らかになったので、多くの研究者がその本体を突き止めようと競争を始めた。ついに94年末、ロックフェラー大学のフリードマンらがob遺伝子の道程に成功し、その後の研究により、ob遺伝子は生体内では主に白色脂肪組織の脂肪細胞で発現し、ホルモンを作っていることがわかった。フリードマンらは、ob遺伝子が作るホルモンを「レプチンleptin」と名付けた。レプチンという名前はギリシャ語で「やせ」を意味するレプトス(leptos)に由来する。ob/obマウスはob遺伝子の産物であるホルモンを正しく作れないため肥満になる。人工的に作ったレプチンとマウスに投与すると、食欲が抑制され、エネルギー消費が増大し、体重が激減する。

こうして、ob/obマウスの原因遺伝子(ob遺伝子)は、レプチンという167個のアミノ酸からなるタンパク質をコードしていて、これが突然変異によって活性のあるレプチンを作ることができないために病気になることがわかった。一方、ob/obマウスと同様な肥満を示すdb/dbマウスでは、db遺伝子の突然変異によって、血中のレプチン濃度が正常でも、肥満になる。$ _{3)}$

食事からとった炭水化物は、最後はブドウ糖となって肝臓に送られグリコーゲンとして蓄えられ、必要に応じて肝臓から再びブドウ糖となって血中に放出され、体内の細胞に配られる。$ _{4)}$ 細胞は、このブドウ糖を3つの反応経路$ _{5)}$ によって完全に分解し、この過程でブドウ糖の持っていたエネルギーがATPの化学エネルギーとして蓄えられる。ATPの化学エネルギーは、必要に応じて筋肉の収縮や繊毛運動、能動輸送、物質の合成などに使われる。一方、脂肪は脂肪酸とグリセリンになり、脂肪細胞に取り込まれる。脂肪細胞が脂肪酸とグリセリンを十分に取り込んで核と細胞質が取り込まれた脂肪によって周辺に押しやられると、脂肪細胞はレプチンを血中に分泌して、視床下部に働きかけて摂食を抑制する。

再び食欲の源

先生の話の中に出てきたNPYは、最初、ブタの脳から抽出されてそのアミノ酸配列が同定されたポリペプチドで、36個のアミノ酸からなる。NPYを含む神経は脳内に広く分布していて、NPYを脳内へ投与すると、持続的な摂食促進が認められる。レプチンはこの神経細胞の興奮を抑制して食欲を低下させるように働く。

食欲の抑制にはこの経路以外にもう一つの経路がある。レプチンはNPYを作る神経細胞に働きかけるだけでなく、視床下部の同じ部位にあるPOMCという分子を作る神経細胞に働く。この神経細胞はレプチンによって興奮し、摂食を抑制するように働く。

NPYを作る神経細胞とPOMCを作る神経細胞は、摂食行動を制御する共通の神経機構に、それぞれ促進と抑制の逆の方向に働きかける。レプチンは両方の神経細胞に働きかけていることになる。

いろいろ調べてみて、現在までに理解されている食欲を制御する仕組みのモデルについて少し分かってきた$ _{A)}$ が、食欲に関係する因子はこれだけではなく、もっとたくさんのホルモンや神経機構が関係している。グレリンやレプチンがどのような共通の神経機構で摂食行動を制御しているのか、また、はじめに調べた満腹中枢や摂食中枢とどのような関係にあるのか、必ずしも明確ではないらしい。あきら君は、食欲という当たり前の現象なのに、まだまだわからない部分がたくさんあることにびっくりした。

食べたものを消化する

いろいろと調べ物をしたので、またまたお腹が空いてきた。グレリンが働いているのだなと考えたらなんだか愉快な気分になってきた。夕食を食べながらも、体の中で起こっていることをいろいろと想像した。テレビでのニュースでは、スペースシャトル内で飛行士が初めて宇宙でラーメンを食べたと報じていた。無重力の中で汁物を食べることを結構大変らしい。食べたものは消化されて血中に吸収されるのだが、無重力の中では消化や吸収はどうなっているのだろう。そもそも、消化とか吸収はどのようになっていたっけ。調べている段階で、タンパク質はアミノ酸に、炭水化物はブドウ糖に、脂肪は脂肪酸とグリセリンに分解されると書いてあったが、食べたものはどのように処理されるのかもう少し調べたい気持ちが湧いてきた。

食事が終わって、勉強部屋に戻って生物の教科書を開いてみた。教科書には食べることの原点は、細胞の食細胞運動であると書かれていた。そこにはゾウリムシの図があり、バクテリアがいわゆる細胞口から取り込まれて食胞になる様子が描かれていた。このような食細胞運動は、マクロファージ$ _{6)}$ が体内に侵入した異物を取り込む場合にも見られる。食胞はリソソームと融合し、リソソームに蓄えられている消化酵素の働きで消化される。イソギンチャクは、触手で獲物を捕らえ、刺胞の毒で麻痺させて胃腔の中へ取り込むと、胃腔の上皮にある腺細胞が消化液を分泌して分解し、別の細胞が食胞内に取り込んで完全に消化する。

ゾウリムシが食べ物を取り込む様子を確かめる方法として、次のような実験が書かれていた。ゾウリムシは簡単に培養することができる。藁わらを煮込んだ液をフラスコに入れて池の水を足してしばらくおいておくと、やがてゾウリムシが増えて、透かしてみるとたくさんの小さな白い点が泳ぐのが見つかる。試験管に入れて立てておくと、すぐに表面近くにたくさん集まってくる。これはゾウリムシの負の走地性による。この培養液に、赤色のポスターカラーを少量加え、約20分たったところで今度は緑色のポスターカラーを加えてさらに20分置いておく。ポスタカラーは食胞に取り込まれるが消化されないので、赤と緑の粒がゾウリムシの体内にたくさん浮かんでいるのが見えるようになる。さっきのニュースでスペースシャトルの映像が出てきたが、このゾウリムシも有名な宇宙メダカのように宇宙へ連れて行かれて実験動物になったことがあったっけ。$ _{B)}$

ところで、イソギンチャクのような消化方法がさらに進むと、我々のように腸管内へ消化酵素を分泌して完全に消化し、吸収するようになる。ヒトでは、デンプンはアミラーゼとマルターゼの働きによってブドウ糖になる。タンパク質は胃の中でペプシンによって断片化され、膵臓から十二指腸に分泌される膵液中のトリプシンや肝トリプシンによってさらに小さく切断され、最後に小腸のペプチダーゼによってアミノ酸に分解されて吸収される。このような消化液の分泌はどうして起こるのだろうか。

消化液の分泌

条件反射で有名なロシアのパブロフは、膵臓からの膵液の分泌は神経によって起こると考えていた。ところがイギリスのベイリスとスターリングは犬を使ってこの考えが誤りであることを明らかにする。1902年のことである。彼らは、十二指腸に分布する神経$ _{7)}$ を丁寧に取り除き、その中へ塩酸を注入した。すると膵臓から膵液が流れるのが確認できた。神経は取り除いてあるので、考えられることは神経以外の方法、すなわち血液を介して情報が膵臓に伝わったことになる。そこで、十二指腸を切り取り、腸の粘膜をこそげ取り、すりつぶして抽出物をつくり、これを静脈に注射した。すると大量の膵液が再び分泌された。確かに小腸粘膜で塩酸によって何らかの物質が生じこれが血流に乗って膵臓まで達して膵液を分泌させたということになる。ベイリスとスターリングはこの血中を伝わった未知の物質にセクレチンという名前を与えた。もちろん分泌secretionから取ったものである。このセクレチン$ _{8)}$ はホルモン第1号なのだ。ただし、このときは具体的にどのような物質であるかはわかっていなかった。

セクレチンはずっと後の1960年代になって、アミノ酸27個からなるポリペプチドであることが明らかになる。セクレチンは膵臓に働きかけて、炭酸水素イオンを多く含む膵液を十二指腸に分泌させ、胃液の塩酸を中和して十二指腸内を弱アルカリ性にする。

ベイリスとスターリングの実験に触発されて、胃液の分泌を研究していたイギリスのエドキンスは実験を行った。胃から十二指腸への移行部である幽門の胃側の部分(幽門前庭という)の抽出物をつくり血中に注射をすると、胃液の分泌が促進されることを確かめ、この物質にギリシャ語の胃gasterからとってガストリンという名前を与えた。1905年のことである。セクレチンと同じように、この物質もずっと後になって、アミノ酸17個からなるポリペプチドであることが明らかになる。

十二指腸粘膜の抽出物には、炭酸水素イオンを多く含む膵液の分泌だけではなく、胆嚢を収縮させる働きがあることが1928年にアメリカのアイヴァーによって見つけられ、コレシストキニンと名づけられた。コレは胆汁、シストはふくろ、キニンは動かすものを意味する。コレシストキニンは胆嚢を収縮させるばかりでなく、膵臓から消化酵素であるアミラーゼやトリプシノゲンに富んだ膵液を分泌させる。この物質も後でアミノ酸33個からなるポリペプチドであることが明らかになる。

コレまで述べた3つのペプチドホルモン、ガストリン、セクレチン、コレシストキニンが働きあうことで、食べ物は胃から腸に順序よく送られ、消化酵素が働けるような環境がつくられ、消化酵素の分泌が起こる。

ただし実際にはもっと多くの要素が絡み合っている。胃液の分泌を見てみると、1)食べ物を見たり実際に食べ物が口に入った刺激によって、神経が興奮して胃液分泌が起こる。2)食物外に入ったために神経性の反射が起こるとともにガストリンの分泌が促されて胃液の分泌が促進される。3)セクレチンによって胃液の分泌が抑制される。1)の神経の場合は、神経末端から放出されるアセチルコリンが胃液の放出を促進する。胃液を作っている細胞にはアセチルコリンの受容体とガストリンの受容体があって、どちらの信号がきても胃液を分泌するようになっている。胃腺は複数の細胞集団から編成される管状の腺組織で、塩酸を分泌する細胞、ペプシノゲンを分泌する細胞、粘液を分泌する細胞がある。この粘液を分泌する細胞が出す多量の粘液によって、胃自身がペプシンによって消化されたり、塩酸によって損傷を受けないように保護されている。

消化酵素

ところでタンパク質を消化する酵素は、裸のまま膵臓に蓄えられていたのでは、細胞自身を消化してしまう。そのために膵臓の細胞ではトリプノシノゲンという酵素前駆体がまず作られる。トリプノシノゲンは十二指腸に分泌されると、腸内にあるエンテロキナーゼという酵素によって先頭にある6個のアミノ酸残基の断片が切り離されて活性型のトリプシンになる。トリプシンはポリペプチド鎖のどこかに、リシンあるいはアルギニン残基があると、そのカルボキシル末端側でペプチド結合を切断する働きがある。エンテロキナーゼによって切り離される先頭から6番目までのアミノ酸配列は

バリン-アスパラギン酸-アスパラギン酸-アスパラギン酸-アスパラギン酸-リシン

である。$ _{9)}$

膵液中にはキモトリプシノゲンという別のタンパク質分解酵素前駆体も存在する。このキモトリプシノゲンは十二指腸内でトリプシンによって活性型のキモトリプシンになる。キモトリプシンはトリプシンと基質特異性が異なり、側鎖に芳香環をもつアミノ酸(フェニルアラニン、チロシン、トリプトファン)のカルボキシル末端側でペプチド結合を切断する。

胃でペプシンによってある程度分解されたポリペプチド鎖は、十二指腸でトリプトシンとキモトリプシンによってもっと小さなペプチド断片になる。この断片は小腸絨毛表面のアミノペプチダーゼによってアミノ酸にまで分解され、小腸の表面の細胞で吸収される。

胃のペプシンもトリプシンの例と同じように、前駆体ペプシノゲンとして作られて分泌され、胃内の塩酸によって活性型ペプシンになる。ペプシノゲンは胃内に分泌されると産生の環境のためにタンパク質の立体構造が変わり、隠れていたアミノ末端側のアミノ酸残基44個からなる腕が張り出し、コレをペプシノゲン自身が自分の酵素活性で切り離して、その結果、活性型のペプシンになる。ペプシンは基質特異性が広く、疎水性のアミノ酸残基の隣でペプチド結合を切断する。今食べたものはこうして消化されているのだ。胃の中が塩酸でpH=2付近だということにびっくりした。それぞれの消化酵素が、それぞれの場所でうまく働けるようになっていることにもとても驚いた。$ _{10)}$

よく噛んで

順番が少し違ってしまったけれど、食物外に入る前には当然、口へ取り込んで、噛み砕く必要がある。人の体の中で堅い構造といえば骨と歯だが、骨はふだんは見ることができない。歯は目に見えるところにあるとても堅い構造だと気がついた。この堅い歯があるからこそ、食物をかじりきったり、バリバリと噛み砕くことができる。柔らかい体の中にこんな堅い構造がどうしてできるのだろう。しかも人の歯は切歯、犬歯、小臼歯、大臼歯と形が少し筒異なっている。とても興味が湧いたので、あきら君は市の図書館に行き、歯について調べることにした。

歯というとウニの「アリストテレスの提燈」を思い出す。生物の時間におもしろい名前の例として聞いたことがある。他にも歯という名前のつく構造はたくさんあるらしいが、無脊椎動物の歯は、どれも脊椎動物の歯とは化学組成がだいぶ異なっている。脊椎動物の歯は、ヒトの歯で分かるようにリン酸カルシウムの堅い構造をしている。もっとも脊椎動物でも、円口類ではリン酸カルシウムの歯はなく、代わりに角質歯が存在する。ヤツメウナギの歯は、舌の上に並んだ角質歯で、これで魚などの皮膚の表面を削り取って飲み込んでいる。真性の歯が見られるようになるのは顎ができてからである。歯と顎は平行して進化したのだろうといわれている。

調べてみると、魚類から爬虫類までは原則としてどの歯も形は同じで、何度でも生まれ変わることができる。哺乳類になって初めて、上に述べたように歯の形が分化するとともに、ヒトのように乳歯から永久歯へ1回しか生え変われなくなってしまう。

ヒトの歯の発生を見てみよう。受精した卵は子宮に着床するが、その後4$ \sim$ 6週ころになると、歯がはえる場所に相当する粘膜上皮が顎に沿って弓状にあつくなり始め、やがてこの部分は顎の深部に向かって陥入しながら成長する。今湾曲した弓状の部分を歯堤という。この歯堤の一番下の部分が乳歯の数だけ飛び飛びに膨らみだし、これが歯の元になる歯胚になる。歯胚が弓状の歯堤のどの部分に生じたかによって切歯、臼歯などの区別が生じることになる。$ _{C)}$

お腹が空いたことをきっかけに、ずいぶんいろいろなことが分かった。またまたお腹が空いたのであきら君は図書館を後にして、家へ帰ることにした。

問題1
上の文の下線1)$ \sim$ 10)に関する問いと問11)に答えよ。

$ 1)$
静止電位から活動電位が発生して元の静止電位に戻るまでの過程を示すグラフを描け、縦軸、横軸には単位を書き込むこと。
$ 2)$
このグラフからどのようなことが読み取れるか、説明せよ。
$ 3)$
db遺伝子は、どのような性質を持ったタンパク質をコードしていると考えられるか、書け。
$ 4)$
血中のブドウ糖を上昇させるように働くホルモンの名前を3つあげ、それぞれのホルモンを産生する器官名と産生部位を書け。
$ 5)$
3つの反応経路の名称をそれぞれ書け。
$ 6)$
マクロファージによって取り込まれた異物は分解され、その一部が表面に提示される。この提示された情報を認識するのは何という細胞か、書け。
$ 7)$
この部位に分布する神経系を何というか、2つ書け。
$ 8)$

$ \textcircled{1}$
このタンパク質をコードする塩基の数はいくつか、数をかけ。
$ \textcircled{2}$
実際の遺伝子には、完成したmRNAには存在しない塩基配列が存在する。この余分の部分をなんと呼ぶか。

$ 9)$
このことから、どのようなことが考えられるか、書け。
$ 10)$
ペプシンとトリプシンの酵素活性と最適pHの関係を示すグラフを書け。
$ 11)$
体を調節する二大要素である神経系と内分泌系はお互いに補完しあっている。細胞レベルでは、どのような機構で実現されているか、答えよ。

問題2
下線A)にある、あきら君が調べて分かったグレリンとレプチンの摂食行動の制御機構はどのようなものだろうか。本文に書かれていることをもとに、グレリンとレプチンによる摂食制御機構に関する模式図を完成させよ。ただし、要素として胃、脂肪細胞、神経細胞はその実際の形態が分かるような図として描き、要素間の関係をホルモンの名前を添えて矢印で示し、促進は$ +$ 、抑制は$ -$ の記号を添えること。
問題3
下線B)にあるように、ゾウリムシを宇宙で無情力状態に置いて、増えていくようすを観察した結果をグラフにしたものが次の図である。

\includegraphics[width=120mm]{2.eps}

$ (1)$
ゾウリムシが増えていくようすを表すのに、数を数える代わりになるものとして、何を指標とすることができるだろうか、答えよ。
$ (2)$
宇宙での実験の対象群として、どのような操作を加える群を置いたらよいだろうか、答えよ。
$ (3)$
これ以前に行われたヒトやマウスの培養細胞を使った実験では、細胞の増え方に宇宙と地上で差がなかった。。なぜ、ゾウリムシでは無重力下のほうが増え方が大きかったのか、考えられる理由を答えよ。

問題4
下線C)にあるように、切歯と臼歯の形の違いがどのようにして生じるかは、とても興味深い問題である。ヒトと異なり成体のマウスは一対の前歯(切歯)と三対の奥歯(臼歯)を備えている。歯は胎仔期に、発生が進むと顎になる部分から形成される(図3)。切歯と臼歯の形の形成には、それぞれ遺伝子AとBが関与していることが分かっている。将来、切歯と臼歯が形成される予定領域には、それぞれ遺伝子AとBが発現し、歯の形を決定している(図4)。遺伝子AとBの発現調節には、舌側の上皮から分泌されて周囲に拡散するタンパク質因子であるBMPおよびFGFが関与している。BMPおよびFGFが遺伝子AとBの発現に及ぼす影響は表1の通りである。

\includegraphics[width=120mm]{3.eps}

\includegraphics[width=120mm]{4.eps}

\includegraphics[width=120mm]{5.eps}

切歯の形成におけるBMPの役割を調べるため、胎齢10日および11日のマウス胎仔から将来、顎になる組織を取り出し、切歯および臼歯予定域に、BMPには直接作用するがFGFには作用しない物質(ノギン)をしみ込ませたビーズを埋め込んで培養した(図5)。対照としてはアルブミンをしみ込ませたビースを用いた。しばらく培養した後、切歯および臼歯予定域に形成された歯の形態を調べた結果を表2に示す。

\includegraphics[width=120mm]{6.eps}

\includegraphics[width=120mm]{7.eps}

$ (1)$
アルブミンあるいはノギン含有ビースを埋め込んだ結果、遺伝子AおよびBの発現はどのようになったと考えられるか。胎齢10日の図5の(ア)および(イ)の領域に発現すると予想される遺伝子を記号で示せ。
$ (2)$
ノギンはBMPの働きに対してどのような作用をすると考えられるか。また、ノギン処理によって胎齢10日の切歯予定領域の切歯が臼歯に変化したのはなぜか、理由を説明せよ。
$ (3)$
胎齢11日の組織を用いた実験では、ノギン処理によって切歯予定領域の切歯が臼歯に変化しなかったのはなぜか、考えられる理由を書け。

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